プロフィール

楠木 重範(医師)
1974年生まれ。奈良県出身。
中学2年生のときに、小児がんの一種「悪性リンパ腫」を発症。合計約3年の闘病生活の後、治癒する。
1999年小児科医になり、大阪大学医学部附属病院小児科に入局。
2006年医療者、患者家族などと「がんになっても笑顔で育つ」をスローガンにチャイルド・ケモ・ハウス活動を開始。
2013年日本初の小児がんの子どもと家族のための家族滞在型療養施設を開業。
2021年7月チャイルド・ケモ・ハウスの活動を退く。
2021年8月全ての子ども・若者が自分の人生を肯定できる社会を創るためTEAM NEXT GOALを立ち上げる。

小児がん経験者のレポーターが社会で何かの活動をしている仲間の小児がん経験者の様子をお届けする『サバ×サバインタビュー』
第1弾は、小児科医の楠木重範さんにお話を伺いました。インタビュアーは、北東紗輝さんです。
第1回 『どんなだった?入院中』はこちら
第2回 『コロナ禍どうやって過ごしてた?』はこちら
第3回 『どうしてた?勉強のあれこれ』はこちら
第4回 『病名はどうやって知ったの?』はこちら
第5回 『仕事とからだのバランスは? 〜医師になった時〜』はこちら
第6回 『病気のどうやって伝える? 〜病気に対する色々な考え〜』はこちら
第7回 『体調管理とお金のはなし』はこちら
第8回 『新しい生活スタイルと働き方・学び方』はこちら
第9回 『学校教育におけるサバイバーのホンネと願い』はこちら

テーマ⑩「若くして病気になった人が幸せな生活を送れるために」

前回は、『学校教育におけるサバイバーのホンネと願い』について語り合いました。最後に、楠木先生が大切にしたい想いを伺いました。

さき
さき

では最後の質問です。楠木先生は色々な活動をされていますが、すべての子ども・若者が自分の人生を肯定できる社会を創るための「TEAM NEXT GOAL」という活動について、私たちはあまりわかっていません。楠木先生の想いととともに教えてください。

楠木
楠木

そうですね。
小児がんの子供もそうですけど、僕はやっぱり子供が好きで、小児科医になっている。
子供と若者には、幸せになってほしいとずっと思っている。もちろん小児がんにならなかったらいいし、何か理不尽なことが人生で起きなかったらそれでいい。小児がんを減らすというのももちろん大事だけれど、なった人たちはどうなるのか。僕は医者なんで、なった人、そうなってしまった人が、どうしたら幸せな生活を送れるのかっていう方向に、どちらかというと力を入れたいと思っている人間なんです。

小児がんでいうと、子供の成長発達において小児がんの治療って、理屈から考えたらええこと何もないんですよ。たとえば、バクタとかさ、苦い薬飲むやんか。予防の薬やから、とても苦いんだけど自分が元気になるわけやないやんか。ずーっとただただ苦い薬を飲まされるだけやし。抗がん剤治療もしんどい副作用乗り越えて、あーがんばった、やっと乗り越えたって思っていたら、また次が来るわけやんか。しんどくてもくるわけやんか。努力が報われへんやんか。人ってさ、頑張った経験が報われへんかったら、次も頑張ろうって思わへん。

それにもかかわらず、「がんになったことによって自分はいろんなことを学んだ、もちろんならなかったほうがいいけど、がんによって自分自身が得たものもあった」、っていう人がある一定数、絶対いる。不思議なことに。理屈では通らへん。これって最近よく言われるレジリエンスといって、理不尽な状況とか辛い状況に陥ったとしても、その人自身が乗り越えていける「回復力」のことなんだけど。乗り越えていける人と、そのドーンと沈んでしまう人がいるわけやね、簡単に言うと。

じゃあどういう人がなってるんかなぁって。おそらく自分に起こったことを、自分で省みている。自分はこういうことが起こったんや、と受け止めている。辛かったら辛かった、でもまぁ自分頑張ったな、って、まず自分を自分で認めているんやないかと。

人からも「すげえなお前もがんばったな」って言ってもらえたら、さらにレジリエンスがアップできると思うんですよね。人から認められたら、その人が何かあってもがんばって生きていけるんじゃないかなっていう思いが、何の根拠もないけど僕の中ではそれは大事かなと思ってて。

「でも、頑張った。そんなあなたのエピソードを募集しています。ささいな頑張りを言葉にしましょう。」

これを広めたいっていうのが、今してる活動であり、したいこと。

この活動は、「今の自分が、辛かったけどがんばった」っていうエピソードを募集している。めっちゃ抽象的やけど。流行語大賞とったら、一応、目標完成です(笑)

たいした事じゃなくていいんですよ。
ある小児科の看護師さんが教えてくれたんですけどね。

注射したあととか、「泣かへんとがんばったね、偉かったね」って声かけることがあると思うんやけど。じゃあ泣いてしまったときに、「あー、今日注射泣かへんて言ったのに泣いて」とかって、一番最悪の声かけだしもちろん言わへんけど、泣いてもその子はがんばっているわけやから、注射終わったら、「あーがんばったね」でいいんですよ。そういう考えをみんなに持って欲しいなって思う。

池江さんみたいに「白血病なったけどオリンピック出ました」って、それはめっちゃがんばってるけど、それは凄すぎるっていう話で。そういうがんばったが欲しいんじゃなくって、「こういう辛いことがあった、でもがんばってるよ僕」とか。

周りから見たら小児がんになった人って、めっちゃがんばってる、って思われてるはずなんやけど、がんになった人って、それに気づいていない人が結構いっぱいいると思うんねんな。だから、それをみんなにわかってほしいし、知って欲しいな、っていうのがあって始めたっていう感じです。

ちょっとはわかってもらえたでしょうか?

ゆりあ
ゆりあ

やっぱり小児がんになって治ったってなると、それだけで生かされてるんやからすごいことせなあかんみたいな、社会の美化されたイメージもあって、すごいものにならんとあかんのかな、ってプレッシャーに感じている子もいるんじゃないかと。

楠木
楠木

めちゃ真面目な子はそうなるよね。

さき
さき

それこそ医者とか、医療関係者にならないといけないとか。

ゆりあ
ゆりあ

がんばりって、人それぞれやから。極論で言ったら、生きている事がすでにがんばっていることだから。やっぱり、社会のイメージみたいなところはありますよね。小児がんやったから、こうなるんでしょみたいな。

楠木
楠木

そうそうそう。そうですね。そこは僕もめっちゃ嫌やったけど、そう思いたい人は思ってくださいって。あなたが勝手に思っているだけで、僕は言ってませんよ、ってスタンスで放置しておくことにしてるけど。

ゆりあ
ゆりあ

医者になるとか、看護師さんになるとかもそうやけど。私が小児がんの子どもに関わるっていうことも、「あぁ、小児がんやったからね」とか。私は自分の好みで髪の毛伸ばしてるだけやのに、「ヘアドネーションするの?」って周りから言われることもあるんで。

楠木
楠木

周りがどうしてもそう考えてしまうけど、当事者も気にしてしまうっていうところが難しいところやね。人間の不思議なところやなぁと思いますけど。まぁそこは人それぞれ、そこが心の支えになってる人もいるしね。それはそれでいい話やし。

ゆりあ
ゆりあ

なにか、他人と比較してどうこうっていうわけでもなく。

楠木
楠木

そう。ただ、「みんな、がんばってる」ってことのだけは、自分でわかってほしいな、っていう思いが僕の中ではある、ってということです。

いかがでしたか?
シャイン・オン・フレンズのサバイバーへのインタビューはここまで。

編集後記

楠木先生にお話いただき、病気になった時期は違いますが、共通することも多く、やっぱり!と思うことやそうだったんだ!と気づくことも多くありました。

また、本シリーズでは、コロナ渦でのインタビューではありましたが、コロナを経て人々の価値観はもちろんのこと、オンライン普及により生活や学校教育、働き方まであらゆるところが変わっていきました。病気や晩期合併症とともに生きる私たちが自分らしく生活し、学びそして社会に出ていくにあたって、コロナ前より選択肢が広がりつつあります。とはいえ、まだまだ小児がんなど重い病気とともに生きるハードルは多種多様にあります。今後も色々な人たちのインタビューを続け、発信してまいります。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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現在の活動

全ての子ども・若者が自分の人生を肯定できる社会を創るためTEAM NEXT GOALという活動をしています。
一番力を入れているのが、頑張りの輪を広げるための活動で、みなさんの『でも、頑張った』エピソードを募集しています。
こちらから、ご覧いただけます。

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NEXT GOAL – でも、頑張った。
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